「新幹線不在仮定」と、「リニア不在仮定」。

「新幹線不在仮定」をご存じだろうか。


新幹線不在仮定(しんかんせんふざいかてい)とは、「もし、東海道新幹線をはじめとする各新幹線が存在しなかったら、どうなっていたか」という思考実験のための仮定(予想)である。

1964年10月に東海道新幹線が開業したことで、日本は高速鉄道という大量の乗客を素早くかつ定時に運ぶ手段を手にしたわけであるが、この建設時には欧米において既に鉄道が斜陽化していたことから、これからは日本でも自動車と航空機の時代になるとして、反対が強かった。「世界三大馬鹿」の一つになると評する者まで現れるほどだった。
そのため、東海道新幹線が開業してこれが大きな成功を収め、諸外国でも高速鉄道への再評価がなされたこと(フランスにおけるTGVなど)から、鉄道の優位性を示すために、「もし東海道新幹線が開業しなかった場合の仮定」というのが考え出されるようになった。この仮定は、同新幹線の輸送力の大きさを指し示すためにも用いられた。

(以上、Wikipediaより引用。)

新幹線は国民の生活を大いに変えた。当時在来線特急「こだま」で6時間半かかった東京~大阪間は、新幹線によって4時間で結ばれるようになった。
また、実質的に別線で複々線化することによって、輸送量の増加に対応できるようになり、また料金と駅からの距離を含めた時間で飛行機に太刀打ちできるため、新たな需要を得ることができた。
その後新幹線は日本全国を結ぶようになり、また技術の向上もあって現在は東京~新大阪は約2時間半で結ばれるようになった。

では、もし新幹線がなかったらどうなっていただろうか。鉄道は都市部を除き大幅に衰退し、史実では新幹線建設で赤字に転落した国鉄は70年代に赤字化。その後、赤字83線構想をはるかに上回る大規模な廃止が行われただろう。中小私鉄も同様に廃止され、やがては米国のアムトラックのような企業ができていた可能性も十分にある。
また、高速道路も片側6車線規模のものができ、速度も120km/hまで上げられていただろう。航空機も史実より本数が増え、1985年の御巣鷹山のような大事故が毎年のように起きていたかもしれない。東海道新幹線で起きた乗員のミスや車両、設備のトラブルを原因とする死亡事故は、1995年の三島駅乗客転落事故のみ(2015年の「東海道新幹線火災事件」は、車内での焼身自殺を目的とした放火が原因のため、事故ではなくテロ、もしくは事件として扱われる)である。しかし、東海道新幹線が存在しなければ、毎年数千人単位で死者が出ていたと推測される。さて、ここからが本題である。

昨今、リニア中央新幹線が何かと問題になっている。多額の費用を投じてまで作る必要があるのか、名古屋や大阪が東京まで通勤圏になってしまうことで、ストロー現象が発生するのではないか、赤石山脈を貫くことにより生態系に影響は出ないのか、など。しかし、リニア中央新幹線の存在は、日本に良い影響を与えるのは確実である。

いつぞやにブックオフかどこかで購入した、川島冷蔵庫令三氏の「どうなる新線鉄道計画」によると、東京~大阪間で名古屋のみに停車する最速達型3本と、各駅に止まる列車を1本の4本を10分ヘッドで運行する「18-6ダイヤ」を提唱している。この本は1993年に発売されたものであり、まだのぞみが登場したてで、当時は「1-7-3ダイヤ」だったが、現在はのぞみ重視のダイヤであり、「10-2-2ダイヤ」で運用している。可能ならばもう少し増発もできるだろう。
冷蔵庫先生の本であるからトンデモなことも載っているが、これも条件次第では可能になるだろう。

このリニアは1時間当たり1万7000人を輸送できるとし、当時ののぞみ・ひかりの2万人には及ばないとしている。しかし、現状東海道新幹線はダイヤが相当ギリギリであり、これ以上「のぞみ」を増発すれば限界も近いだろう。これ以上増発となるときついものがあるだろう。
このリニアが開通することにより、東名間ののぞみは静岡と浜松のどちらか、もしくは両方に停車することになるかもしれない。現行の「名古屋以西各駅停車」のひかりしか止まらない静岡県内にものぞみが停まるとなれば、新たな需要を生み出せるかもしれない。のぞみが廃止されるという可能性もなくはないが、それでも名古屋以西への需要は大きいため、今後も東京発ののぞみは残ると考える。あるいは、空いたダイヤを利用して、鹿児島行き新幹線や貨物新幹線を導入するスペースも作れるだろう。

リニアは必要だと考えるが、現状最大の問題は電気か。原発もこれ以上の増発は困難であると推測されるが、果たしてどうやるのだろうか。

もし、赤石山脈を貫くルートが困難であれば、今から諏訪ルートへの変更もあり得るだろう。
今後の動向に期待。

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